2018年9月12日水曜日 雨
昨日奉公の帰り 茜色の夕空に刻々と墨が滲んで紺色が夜空へと移い黄昏押し迫る中 国道から一本東に入った南南西行き一方通行に制限されたその起源は千二三百万年前とも伝えられる旧街道で戦前から有数の紡績工場が建ち周辺には工員の社宅が軒を連ね路面バスが通い街道沿いの商店街は大層賑わったがやがて軽工業から重厚長大産業へさらには第三次産業へと変遷していく産業構造変革の波をもろに受け七十年代の後半には工場が閉鎖になったあと大店舗小売業や分譲集合住宅へと変貌し往時の面影を残す記念碑としてその一部が残された工場のレンガ塀が辺りの景観づくりに一役買っている近くの交差点で北北東に向かって緑信号に変わるのを自転車にまたがって待っていると余が通って来た背後から自動二輪車が原動機から消音器を通って吐き出される排気音の回転数を下げながら近づき制動機の摩擦音と共に余の右側に並んでピタリと停止した ちらりと右を見やるとその自動二輪車はピザの宅配車で会社の紋章が印刷された自動二輪用の安全帽を被った時給雇いの学生さんのやうに見える青年が乗車している
このまま向かう逆行の先には程なく交番が待ち受けている 折角の仕事中に道路交通法違反でみすみす国庫に無駄金を入金する羽目になる馬鹿馬鹿しい近未来がこの勤労青年の身に降りかかろうとしている絶体絶命の大ピンチである 青年の不注意なのかはたまた青年故の横着なのか判断しかねるもののそんな不運を目の前にしてたまたま偶然接近遭遇した赤の他人事ではあるけれどももしその所業が横着に依るものならそれは彼が選んだオプションなのだから覚悟の上のことなんだろうしまた捕まる訳なんてないさと高をくくっているのだったらそれ以上は何も言うことはない だがもし別の街からやって来た初年目の書生さんでこのあたりの交通規制に不案内な上に不注意でまるで罠のように見にくい標識を見落としたのなら何だか気の毒だし今後もこの道を使うことが二度三度ではなかろうとここは一丁優男の開閉器を短絡させることと相成った
「ここ一通だお」(実際は『だお』なんて言うてない)
「え,マジっすか?」(実際もこのように発言)
「こっち行きだけ(と我々が共に通って来た一点透視法を使って延びる舗装路の先を指さし呼称しながら)」
「アッブな~,ありがとうございます!」
信号機の発光が赤色から緑色に変わって青年は本来直進しようとしていた交差点を使用予定のなかった方向指示器を右に点滅させ原動機の回転音を上げながらぶろろろろんとスティーブ・マックイーン演じる『大脱走』のヒルツ大尉さながら自動二輪車を巧みに操り走り去って行った 不注意なのか横着だったのかは今では知る由もないが見た目素直に余の忠告を聞き入れてその後の狼藉に及ばなかったのは青年の良心と言えよう
余が青年の人生の一場面に介入して運命の歯車の噛み合わせが切り替わった瞬間だった このことが青年にとって小吉祥の一助になればと祈りつつ交差点を直進した
今朝も元気に『ゲルマントのほう』
読始 | 読終 | 入手 | 題名 | 著者 |
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