川は立っている


「余が通っておりました小学校には通学路が設けてありました その路に面したところにそこそこ由緒正しい神社がありましてね もちろん今もありますよ 年に一度のお祭りの日には境内に露店やら夜店やら屋台がたくさん出て小さな神社ながらも大層賑やかなんですよ それからこれまた小さいながら各町内会から神輿が繰りだして午前と午後各々町内を練り歩いて神社でお祓いを受けて帰ってくるんですね これがまたそこそこ盛り上がるんですよ 家じゃあおばあちゃんと母が赤飯やら鯖寿司やら稲荷もありましたか半殺しの小豆で御萩をこしらえてくれたりしてそれを頬張るのが楽しみでした なにせ甘いものには目がありませんからね それから大晦日の夜は家族揃って晦日蕎麦を食べて歌合戦が終わったら神社にお参りに行くんですね 数少ない夜更かしをさせてもらえる貴重な日でその日は昼からテンション揚げ揚げだったのに年が変わるころになると瞼が親子しましてね 起きてんだか寝てんだかよく分からないシュレーディンガーの猫さながら眠い目を擦りながら両親に手を引かれて参拝に行ったもんです 当然帰りは親の背中で爆睡ですよ その神社の横に水路が通ってましてね その先の一級河川に合流するんです まあ今も暗渠なんかにならずにちゃんと流れてるから大したもんです その辺りの景色は今も昔もあまり変わりはありませんね」

《ほう》

「で 水路脇の立て看板が言うことにゃ
『川は泣いている』と」

《???》

「水路は近所の染物工場から流れ出た染料の排水いわゆる工場排水や生活排水やらが垂れ流しでねいつもいろんな色の染料が混じり合って紫だったり時には赤や黄色に染まっていた上に不法投棄のごみなんかが水路に捨てられた変梃(へんてこ)なガラクタやら盗難投棄自転車のハンドルやサドルやらに引っかかって浮いてたりしてそれはもう汚かったんですね 汚いうえに染料独特のにおいが臭くてねえ地域の人たちはみんな辟易していましたよ 今そんなことしてる奴がいたらひっぱたかれること請け合いでさぁね」

「それでまあ効き目があるんだかないんだかよくわからないですけども川を綺麗にしましょうという注意喚起の高札みたいなもんですね」

《ほー》

「そうですとも それが掲げられていた訳ですよ 考えてみればほれっ あんなもの呪いにもなりゃしませんよ あなた 看板自体景色を乱してる悪の枢軸みたいなもんですからね 自己矛盾甚だしいったらありゃしない」

《アリャリャ》

「でね」

「その時余は小学校に上がりたての一年生だったんでしょうね 時間感覚はあんまりよく覚えちゃいませんが」
「余が通っていた小学校は公立でね 集団登校だったんですね そのころは今みたいに小学校から私立に通わせるような家庭はほんの一握りも無かったんじゃないでしょうか集団登校なんかは当たり前でしたね町内の子供はほとんど区域の公立小学校に通うんですものね 下校はそれぞれでしたけれどもね 勿論ですよ みんな帰る時間がバラバラなんですから午前中に終わった生徒が夕方まで最後の生徒を待ってたら文字通り日が暮れちゃいますよ 鍵っ子には福音かもわかりませんがね」

《ふむふむ》

「集団登校の話でしたね 同じ町内の五六年生がね まあお兄さんお姉さんたちですね」

《にーたんっ ねーたんっ》

「六年生が先頭、五年生が最後尾になって前から順番に一二年生から四年生までをサンドウヰッチにして引率しながらみんなで登校していたんですよ サンドウヰッチったって間違えて喰っちゃっちゃあいけませんぜ そんなことでもした日にゃぁアガサ・クリスチイみたいにそして誰も居なくなっちゃいまさあね まあそんでもって脇道に逸れたり野呂野呂歩きスマホでチャットやモンストなんかしてたら危ないからってんでこっ非道く怒られたり 時にはお兄さんお姉さんに手を繋いでもらったりしてね 今んなって振り返って思えば楽しかったですね 言うなれば護送船団方式の集団的安全保障の行使ですよねこれって でも翌々考えれば高学年の生徒は責任重大ですね
そんなことで今でもそうした風景が見られるかどうかは一寸判然としませんがね」

《反ジェントしにゃい》

「でだ、ある朝の集団登校時だと思いねぇ、」

《おうともさーっ》

「毎日通ってて見慣れた風景だった看板が、その前日に国語の授業で漢字を習いたての余の目に初めて文字として飛び込んできたんですね
いいですか、」

《ひゃこひゃこひゃー》

「習いたての漢字が風景から意味を持った文字に昇華した瞬間居ても立っても居られなくなった少年余は
少年はね、」

「その瞬間が神の悪戯か単なる偶然かは知る由もない余の心はね もほとんど興奮の坩堝ですよ
今考えればドツボとも言えなくもありませんが、その時の余には其処までは思いも及びませんでしたね それでね」

「そりゃあ、子供なんてそういうもんですよね
それが普通だし当たり前ですよ」

「何がって何と申しましょうか新しい感覚との出逢いですよ
その時の余はもうほとんど我を忘れちまってたと申し上げても言い過ぎではありますまいて
よろしいか?」

《へれんけらーだ!
ううう
ウォーター
Water》

「まぁ、習いたての漢字が実際に使われているところに遭遇したうれしさのあまり舞い上がっちゃったんですね」

《舞い上がるー》

「それでその看板の標語をね声高らかに読み上げたんですよ、もうほとんど絶叫ですよ」

《絶叫ー!》

「川はたっているー!」

《フォー!》

「前の日『立』を習ったとこだったんですね、
だから一年生でしょうね」

《きりーつ
れーい
【さんずい】ぶっとばしー》

「お兄さんが『それ、〔ないている〕だよ、』と」

《指導が入ります》

「それからしばらくはうちの町内の集団登校では看板の前を通るたびに誰かが『かわはたっているー!』って言うのが流行りましてね 恥ずかしかったかどうかは覚えちゃいませんがその後グレなかったから大丈夫だったんでしょう 川が立っているところを想像したりして可笑しくて喜んでいたんじゃないでしょうかね 滝みたいとかね」

《立川という地名もございます》
《名付けの親だったとわっ》

「今ではたくさんあった染物工場も無くなって排水も流れ込まなくなったし水質汚濁防止法が施行されたりで公害から人を守る機運が高まって環境保護に対する不断の努力やなんやかんかのおかげで下水道が整備されるわで近くの一級河川共々綺麗な流れになっていつの間にか思い出の看板も無くなってしまいました」

「それどころかいつのころからか誰かが水路に蛍を放してそいつが居着いてだんだん増えちゃってきたりなんかしたりしていまじゃあ梅雨時分はちょっとした蛍スポットですよ」

《きゃー まぶしーっ!蛍雪時代!》

「立川も昔は汚れた川で誰ともなしに『泣き川』と呼んでいたのを余みたいなやつが『立川』と読み間違えたところがそっちの方がいぢやないかってなっちゃったりなんかしてね」

《地名に歴史ありー!》